「中華の鉄人」と称された陳建一さんが3月11日にお亡くなりになりました。
生前出場されたTV番組「料理の鉄人」で”中華の鉄人”と称された陳建一さん。
67歳の若さで他界されたことで驚きと悲しみの声が広がっています。
確か息子さんがいたような…とうる覚えの方も多いのではないでしょうか。
そこで、中華の鉄人陳建一の息子も料理人なの?と題して、陳建一さんの息子さん陳建太郎さんについて調べてみました。
この記事でわかるのは
◆中華の鉄人陳建一の息子も料理人?
◆陳建太郎のプロフィール!
◆四川グループとは?
について調べています。
最後までお付き合いください。
中華の鉄人陳建一の息子も料理人?
中華の鉄人陳建一さんの息子さんは…『陳建太郎(ちんけんたいろう)』さんです。

既に、陳建一さんの経営していた『赤坂四川飯店』の代表取締役として経営を任せれているようです。
という事は、四川飯店の跡を継いでいたという事になりますね。
陳建一さんは生前、”四川グループの会長”というポジションでした。
赤坂四川飯店の味は陳健太郎さんがきっとつなげていってくれるだろう。近いうちにまた行きたい。 pic.twitter.com/Dz2SKputsv
— トム@研究者 (@Tomsanpenn) March 14, 2023
陳建太郎のプロフィール!

【陳建太郎プロフィールと経歴】
1979年東京生まれ
玉川学園で学んだ後、2002年赤坂四川飯店に入社し、渋谷にある「スーツァンレストラン陳」で修業を開始。
2005年から2年半、四川大学に留学し、四川省成都市にある「菜根香」でも修行し総料理長、曾国華に師事。
帰国後は四川飯店グループで技術を学び、伝統の味に現代の食材、調理法を取り入れた料理の発表をしています。
そして、父である陳建一さんから会社の経営も引き継ぎ、代表取締役を務める一方、料理教室やイベント、テレビなどでも活躍しているんですね。
2014年には初の海外店舗としてシンガポールに「Shisen Hanten by Chen Kentaro」を出店しました。
2016年より5年連続ミシュラン二つ星を獲得し、四川料理の魅力をさらに浸透させていく担い手として活躍されています。
この投稿をInstagramで見る
陳建太郎さんのInstagramにも、陳建一さんの訃報が投稿されています。
四川グループとは…
四川グループの歴史
1958年、陳建一さんのお父様である陳建民さんが現在の西新橋である東京・田村市に創業させたのが『四川飯店』です。(現在は閉店)
続いて1960年に六本木に2号店、1970年に赤坂四川飯店をオープンさせ、全国展開をしていったそうです。
『料理は愛情。愛情の無い料理はダメよ。』をモットーに、多くの後継者を育て、日本各地に四川料理を広めて行ったようですよ。また、1966年には恵比寿に料理学校を設立し、他界するまでの24年間で15000人以上もの卒業生を輩出したのです。
そして、現代3代目の後継者が陳建太郎さんです。
四川グループとは?
民権企業株式会社が運営しているようです。
設立は昭和45年。
本社は東京都千代田区平河町に所在しています。
従業員は400名
◆四川飯店…赤坂、日本橋、池袋、松山、博多の5店舗
◆スーツァンレストラン陳…渋谷、名古屋の2店舗
◆陳建一麻婆豆腐店…四川飯店麻婆豆腐代々木、木場、立川、みなとみらい、高松、博多専門店の6店舗
◇パートナーシップ店…スーツァンレストラン陳 横浜(みなとみらい)、Shisen Hanten by Chen Kentaro(シンガポール)の2店舗
◇Chen’s Mapo Tofu Group…Chen’s Mapo Tofu Downtown Gallery、Chen’s Mapo Tofu Star Vista(両店共にシンガポール)の2店舗
が公式ホームページの情報となります。
まとめ
中華の鉄人陳健一の息子も料理人?と題して、陳建太郎さんのプロフィールと経歴、三代目となる四川グループについて調べてみました。
既に四川グループの三代目として跡を継いでいる陳建太郎さんの料理手腕もすばらしいようですね。
これからも四川グループを牽引していく器もお持ちなのでしょう。
美味しい麻婆豆腐がこれからも変わらない味で食べ続けられることを願っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。